概要
N-ブロモスクシンイミド(NBS)はアルケン、アリル位、ベンジル位、芳香族の臭素化に使用される代表的な試薬である。
特に、NBSとラジカル開始剤を用いてアリル位、ベンジル位を臭素化する反応は、ウォール・チーグラー(Wohl-Ziegler)反応として広く知られている。
反応機構
NBSによる臭素化の反応機構は、次のように考えられる。
①アルケンの臭素化
まず、NBSのBr原子が求電子剤として作用し、ブロモニウムイオンである中間体Aが生成する。
※この時、Br原子が求電子剤として作用するのは、NBSのN原子が電子求引性のカルボニル基に隣接しているため、Br原子が正に分極しているためである。
※NBSは極性溶媒中では求電子的臭素化剤(カチオン性臭素源)として働く。一方、非極性溶媒中では②、③で後述するようにラジカル的臭素化剤(臭素ラジカル源)として働く。
次に、求核剤(Nu)が、ブロモニウムイオンの背面側から攻撃するとともに、窒素がプロトンを受け取り、目的の臭化アルキルとスクシンイミドが生成する。
※中間体Aへの求核攻撃により、攻撃される炭素原子は部分的に正に帯電する(緩いSN2遷移状態を経て反応が進行する)。カルボカチオンの安定性は1級<2級<3級のため、求核剤は置換基の多い側に攻撃することとなる。
②アリル位の臭素化
まず、NBS中に極微量含まれているH-BrとNBSの反応により系中で生じたBr2に対して、ラジカル開始剤(AIBN、BPOなど)から生じた炭素ラジカルが反応することで、Brラジカルが生成する。
このBrラジカルが、アリル位のプロトンを引き抜き、アリルラジカルとHBrが生成する。
※アリルラジカルは共鳴構造を持つため安定→アリル位が優先的にラジカルとなる
次に、HBrのBr原子がNBSのBr原子に求核攻撃し、臭素が生成する。(NBSのBr原子が、電子求引性のカルボニル基により正に分極しているため)
この臭素がアリルラジカルと反応することで、目的の臭化アルキルが生成するとともに、Brラジカルが再生し、反応が連鎖的に進行する。
※NBSから少しずつBr2が発生することにより、系中のBr2濃度が低く保たれることが選択的な臭素化の鍵である。
③ベンジル位の臭素化
②と同様の機構で反応が進行する
ベンジル位がラジカルとなるのは、アリルラジカル同様、共鳴構造によって安定化されるためである。
※②、③の反応は、ウォール・チーグラー反応として広く知られている。
近年における使用例
①
原料 5.97 g (28.4 mmol)、AIBN 93 mg (0.57 mmol)、NBS 5.11g (28.7 mmol)をシクロヘキサン 60 mLに入れ、90 ℃で5時間加熱した。加熱後の溶液を室温まで冷やし、水 50 mLでクエンチした。その後、水層をMTBE (メチル tert-ブチルエーテル、50 mL ×3)で抽出し、有機層を集めてbrineで洗浄し、硫酸マグネシウムで脱水した。その後、減圧して溶媒を留去し、カラムで精製して目的物を73% (20.7 mmol)の収率で得た。
※AIBNはラジカル開始剤として加えられている
②
原料 6.6 g (30 mmol) を0 ℃のエタノール120 mLに溶解させたものを、NBS 5.4 g (30 mmol)に注ぎ、室温になるまで45分撹拌した。得られたクルードを酢酸エチルで希釈し、10% チオ硫酸ナトリウム溶液で洗浄し、続いて飽和炭酸カリウム溶液で洗浄した。その後、硫酸ナトリウムで有機層を脱水し、溶媒を留去することで、目的物のクルードを97%の収率で得た。
③
ジクロロメタン 2 mLに溶解させた原料 128 mg (0.417 mmol) を2,6-ルチジン 96 μL (0.834 mmol)に加えた。混合物を0 ℃に冷却した後、NBS 79.9 mg (0.449 mmol)を加えて、0 ℃で10分撹拌した。撹拌後、炭酸水素ナトリウム溶液 1 mLと飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液 1 mLでクエンチし、室温で30分撹拌した。分層後、水層をジエチルエーテル (2 mL ×3)で抽出し、有機層を集めて硫酸マグネシウムで脱水した。その後、溶媒を留去したものをカラムで精製し、目的物を80% (0.335 mmol)の収率で得た。
※反応は、ブロモニウムイオン中間体生成→O原子が二重結合を作り、ブロモニウムイオン環が開環→2,6-ルチジンがプロトンを受け取り、C=C二重結合が生成、の順で進んでいると思われる
試薬価格
※下記は一例です。販売会社、時期、グレードなどによって価格は異なります。
NBS(N-ブロモスクシンイミド):100 g / 3,500円程度(CAS:128-08-5)
参考文献
より詳しく知りたい方は、こちらがおすすめです。
[https://ja.wikipedia.org/wiki/N-ブロモスクシンイミド]
[https://ja.wikipedia.org/wiki/ウォール・チーグラー反応]
[https://en.wikipedia.org/wiki/Wohl–Ziegler_bromination]
※英語版wikiの方が詳細に説明されています
マクマリー有機化学(上) 東京化学同人
使用例
①Org. Lett. 2019, 21, 3, 785–788
②Org. Lett. 2019, 21, 16, 6352–6356
③Org. Lett. 2022, 24, 35, 6407–6411